自分の好みを、誰かが嫌いと言ったとき。

自分の好みを、誰かが嫌いだと言ったとき、

まるで自分自身を否定された気分になって、

とても傷ついていた。

しかも傷ついたことを隠して、

自分が好きなことを嫌な風に言われて、

本当は嫌な気持ちになったのに、

へらへらして流したり。

  

本当は、そういう時、

相手は関係なくて、

そんな自分にずっと失望してたんだ。

と、ある時気づいた。

心の下の方に

過去にぐっと飲み込んだ、

わだかまりの小石たちには、

感情と場面が残ってる。。。

あの時も、あの時も、、、

なんで私のこと蔑ろにしたの?

なんで自分の心を守ろうとしなかったの?

自分の、これが大好きって気持ちを、

そのまま大切にしてよかったんだよ。

心の中でもう1人の私が泣いていたのを、

私は無視し続けた。

自分より外側の誰かの反応ばっかり気にして。

 

明らかに失礼なことをされても、

人格を否定されるようなことをされたときも、

私は、自分が悪いのだと思ったり、

へらへらと笑って流したりしていた。

せめて逃げることが出来た時は、マル。って感じ。

  

大抵、

その場目が過ぎた後、 

なんで私、あの時あんな風にしたのかな。 

怒ったり、反発したりする感覚すらなく、

ただ自分を自分で否定して、蔑ろにした。

って気づく。

自分に失礼なことをして

何年も何年も生きてきたように思う。

自分の表現をするのがこわくなって、

外に受け入れられそうなことだけ、

当たり障りのないことだけ、

無意識に、

私の中から表に出すようになった。

人が好きだといってるものを

平気で嫌いとか否定的に言う人に、もやもやしてた。

で、、、

それは、

相手は、ただ自分の好みを表現してるだけなんだ。

パクチー苦手とか。チョコミント好きとか。

と、気づいた。笑

それをみてる人間によって、

おもしろいくらいに、

人とフォーカスしてる視点が

まっっったく違うってこと。

に、気づいた。笑

私は、アニメが大好きなのだけれど、

鬼滅やクレしんや進撃だってそうで、

私は、

アニメーションの、

物語の家族愛や仲間愛や、

まっすぐさ、映像のすごさ、

美しさ、希望や頑張ってる姿、

声優さんのすごさ、

スタッフさんの作品への熱量に感動する。

で、

中には、例えば、

残酷さ、下品さ、

というものにフォーカスして、

私の視点では、みてない人もいる訳です。

これは実際の会話なんだけれど、

私は、車やバイクの音が嫌いで、

うるさく感じ、

その人は、あの音が聞こえると、

かっこいい!と思い、

私は、夜の犬の遠吠えを聞き、

愛おしい気持ちになり、

その人は、イライラうるさいと思うそうだ。笑

ほんとにおもしろい。

こうしてわかると、

本当にただの好みの話であり、

自分のことを否定された訳じゃないことがわかる。

HSPの人はとくに、

気にして、傷つくタイプだけど、

気にしなくていいんだよね。大丈夫。

そんな自分を弱い。。。って

思うかもしれないけど、

弱いんじゃなくて、

柔い心を持ったんだ。

それでも、やっぱり言われて嫌だなって思うときは、

『私は、

こういう視点でみてるからコレが好きなんだ』って、

揺るぎなくそれを愛してればいい♡

だって、好きなんだもん!!!

しあわせなんだもん!!

(^_^)

相手に、

それを言っても言わなくてもいいとおもう。

だって、そもそも個人の自由だものね。

いう言わないことすらも、好み。

それでも自分の物差しを、

振りかざしてくる人からは、

離れてもいいと思う。

だって、自分の国の王様は自分。

それぞれの国の世界観がある。

自分国と相手国、自由に外交しよう!

ほんとに、、、

人の評価なんて天気と同じだなーと。

振り回されて、

自分のことコロコロ変えてたら、

せっかくの人生勿体無いよね〜( ´ ▽ ` )ふふ

人との価値観の違いを、

面白がれる人になりたいなーと。

思っております。


kotono



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